二郎を聞いて北千住を思う



陸橋下で。
シャンプーをした翌日、今日は赤いセーターを着せました。




我が家の前にチロちゃんとパパがやって来た。
パパの手には新しく買ったばかりのパナソニックLUMIXS-2が握られていた。



ママはバレーボール。






録画したリンカーン芸人新年会を観る。
普段は観たことがないが特別番組なので録画してみた。
笑ったのはバナナマン日村のゴムパッチンだった。
写真は30メートルに伸ばしたゴムパチンを顔面で受ける日村。
倒れない。



午後から草加文化会館のコンサートに行く。
天気もいいので自転車にした。
ムックに行ってくるよと言うとポンっと椅子に座ってオヤツを待つ。
オヤツをあげて玄関に出る。
おやメガネを忘れたと部屋に戻るとムックはテーブルの上に仁王立ち。


普段は決してテーブルに乗らない。
監視の目がなくなるといつも自由に乗っていたのだ。
裏表のある犬だ。


綾瀬川をわたる。
橋のたもとにホームレスさんの自転車があった。
昔から橋の下は色んな人がいたものだ、
橋下は雨風が防げる。


現在の橋下は元気がある。
日本維新の会を立ち上げたのは橋下徹である。




これが松原の松並木。






自転車の前輪が道路を踏む時に音がする。
下りて確かめたら空気が甘くなっていた。
こりゃまずい。
松原団地駅周辺で自転車店を探す。
ない。




そうだスーパーで聞いて見よう、とマルエツに飛び込む。
サービスカウンターで「自転車の空気入れありますか?」と聞いた。
買うわけじゃないが..。
すると「ありますよ、あの空気入れどうしました?」と同僚に聞く。
製氷ボックスの横に置いてあった。






借りたのはこの足踏み式の新型である。
いやあ助かった。
ありがとうございます。
今度の買いものはマルエツにします。






昼食は駅前通りにあった「珍来」に入る。
席に着くとすぐに茹で玉子が出て来た。
サービスだと言う。
じゃあビールを飲もう。(意味わかんない?)





メニューを見て何を食べようか考える。
それにしてもここのメニューは多い。
なんと10枚もあったぞ。
酒のおつまみがいっぱいである。




結局はタンメン。
でもここのタンメンは薄味で私好みじゃなかった。
胡椒を入れて味をととのえる。





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松原大橋のたもとでYさんを待つ。
今日のコンサートはYさんのお誘いである。
Yさんは時間ぴったりにやってきた。





草加文化会館のコンサートは渥美二郎新春コンサートである。
集まったのは99パーセントが中高年男女。
まあ女性が7割かな..。






座った席は23列21番。







館内は写真撮影は禁止。
若い男性が目を光らせている。
幕が開く前に隠し撮り。
ほぼど真ん中の席から観ました。



渥美二郎の歌は私自身もよく歌う。
でも「夢追い酒、忘れてほしい、プサン港に帰れ」くらいかな。


渥美二郎は夢追い酒が大ヒットして一躍トップスターになったが肺がんでダウン。
そのあと復帰したが残念ながら昔の声の張りは戻らなかった(と私は思う)。
若いと思った渥美も還暦を迎えたのだ。


会場内を回って客と握手、そしてリクエストにこたえて即興で歌う。
北千住で流しをしていたとき鍛えた喉である。
思い出してみると渥美二郎が客の要望で歌ったのは、氷雨赤と黒のブルース、君恋し長崎の鐘ああ上野駅、柿の木坂の家。


途中で「上手い!」という声が掛かった。
ベタな褒め言葉に渥美も苦笑い。



今から40年近く前、当時、私の職場は北千住だった。
渥美二郎の歌を聞いてあの頃を思い出した。
懐かしいなあ。


コンサートは4時に終了。
楽しい2時間であった。
Yさんありがとう!



家に戻るとママとムックは散歩中。



ママが台所で夕食の準備をすると何かこぼれないかとムックが下で待っている。





今夜はマグロの漬け、ポテサラ、クラゲの大根和え、キムチやっこ。